ままならなさが、愛おしい。

最近ワクワクすることがあったので、その気持を残しておきたくて、ブログを書いてます。

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先週僕が人生で一番頑張った企画書を、コンペに出しました。正直全然書き方とかわからないから、周りの人に助けてもらいながらの制作で、それでもなんとか形になったなぁと思います。

結果は、惨敗でした。

いつもなら居ない時間まで会社に残って、何度も試行錯誤しながら頑張ったのに。会社のためになりたかったのに。結局そのために使った時間は、無駄になってしまって、むしろ会社に負担を掛けてしまいました。

でも、実は正直言ってなんかワクワクしてるんです。変ですよね。

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今回企画書を書いてみて、僕は自分の至らなさを痛感しました。分からないこと、知らないこと、できないことが浮き彫りになりました。最後に提出した時点の企画書は僕の人生で一番だけど、客観的に良いものだったと言い切れなくて。それでも締切が来るから提出した。

「やれることはやった。後は神様が決めてくれるから」。そう自分に言い聞かせて提出する。そんな感じでした。

でも僕は思うんです。もし今回僕の企画書が採用されてたら、僕は「こんなもんか」と思ってたと思います。企画書を書くってことがこんなもんじゃないって分かって良かった。

僕は努力したけど、努力したから結果が決まるわけじゃないってことを、僕は知りました。その事実に、僕は相当にワクワクしているのです。

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僕はボードゲームをよく遊びます。

僕が知っている面白いゲームって、どのゲームも“ままならない”んです。思い通りにいかない。
どうすれば勝てるのか試行錯誤しながらプレイして、気がつけばゲームが終わってる。振り返ってみると「ここが良くなかった」「もっとこうやってやれば良かった」と後悔する。

僕はこの振り返りの時間が、すごく好きでいつも『ゲームは負けるから楽しい』と言い続けてました。
攻略法がわかってる/クリアしたゲームに価値はありません。だって、もう結果がわかってるから。

今回の企画書の経験はそれでした。わからない中で、何となく努力して、「こっちの方向がいいんじゃないかな」と試してみたけど、負けた。振り返ってみれば「もっとこうすればよかったんじゃないか」とか「でもそれって本当に可能だったの?」と脳内でめっちゃ考えた。

このときの感情は、ボードゲームで負けたときのそれと同じでした。
”もうちょっとで勝てたのに”
このままならなさが、僕はたまらなく愛おしいのです。ままならないから、ゲームは、人生は楽しい。

だから僕はワクワクしてます。企画書なんて、書いてる最中も、書き終わってからも興味がなかったのに。負けがわかった途端、企画書を書くことに興味が湧きました。次もはもっと上手くやりたい。そう思ったこの感情を大切にしたいと思って、今日も仕事をする僕でした。

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全然関係ないけど、ヒーローって、負けてるからかっこいいと思いませんか?
ちょうどこの記事を書いている時、この音楽が流れてて、なんだか自分が悲劇のヒーローになったように感じました。
月をみながら、明日のことを考える。「次にお前を見る時には、強い自分になっているよ」と決意し、月に背を向けてあるき出すヒーロー。かっこいい。