経験を語るな。お前は弱い人間だ。

昨日テンション上がりすぎて、たくさん書いた文章のうちの半分です。
読んでやってください。

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最近すごく自分の嫌いなところが見えた。僕は提案を受けた時に、すぐに相手にアドバイスをしようとする。それはつまり”先輩面”をして、”教えてやってる”という感覚だ。最初は気が付かなかった。僕にしてみれば善意のつもりで、まさかそんなふうに捉えられるとは思ってなかったからだ。

ある程度、自分でも自覚していたこともある。僕はおせっかいであるし、持論を語るのが好きだ。大抵の場合その特徴を発揮することは相手のためにならないことを知っていたため、抑制しているつもりだった。

しかし昨日は、もっとも自分に親しい人間にイベント企画の提案を受けた時に、先輩面してたのだ。「その考え方だと来てくれる人に伝わらない」「そのイベントは誰が来てくれるのかイメージがつかない」などなど、今こうやって文字に起こしてみればなんてひどいことを言っているのだ私は。死んでしまえ。

もしかしたら一般論で言えば、こういった先輩の言動は愛があると言われるかもしれない。「お前のことを思って。」「本当に諦めてるなら言葉もかけない」などと、美化されることもあるかもしれない。
ただ、その言動を放つ側が、愛を言い訳にしてる様を想像してみると、なんともまぁダサい。「僕は君のことを思って言ってるんだよ」という態度で話す人間の言葉など、最初からだれも聞く気にならない。

でも怖いもんで、気がつけば僕がそれになっていたのだ。彼女がこれを注意してくれる人で本当に良かった。これを注意してもらえる人が居なかったおじさんは大量に世間に生息しているらしく、僕もその一人になる所だった。

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つい人の話をきくことで「〇〇さんのおかげです!」とか言われていると、自分が何やら偉そうな人のように思えてくるらしい。「おお、僕の言うことにはそんなに効果があるんだな」などと思っている時は要注意である。僕のペーペーな意見に意味などない。それよりも、相手が僕の話を聴いてくれるモードになることの方が数億倍も重要であって、その後に語ることなど別にダンゴムシについて語ってようが相手には響くのだ。

今後はこのような態度をとらないように、以下のような態度を身に着けたい
・まず相手の話を聴く
・次に相手の話を聴く
・最後に相手の話を聴く

自分の事を理解してくれていると感じた人にしか、人は心を開かない。心を開いた相手の言葉しか、ほとんどの場合は響かない。

僕は弱い人間である。勘違いしないようにして、明日も人のために生きたい。

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昨日に引き続き、今日も故人の曲を紹介しようと思う。ずっと聴いてきたこの人の曲は、時を経るに連れてどんどんと聞こえ方が変わってきていて面白いのだ。気がつけば、この人がなくなった年に近づいてきている。なんだか感慨深い。