愛の告白は日常の中に


https://kokannikki.hatenablog.com/entry/2018/06/07/002253

良い記事を見つけた。

僕のブログとはちがって、一つ一つの言葉を精査して書いているんだろう。
とても丁寧さを感じる。

記事の冒頭に出てくる男性のセリフ
『「一緒にゲームやりませんか?」て言うことって、俺にとっては告白やねん。』
これは、僕も日頃から感じていることだ。

僕みたいな根暗な人間にとって、誰かと時間を過ごすってことは、それだけで相当に神経をすり減らす。てか、だれだって大なり小なり、人と一緒に居ることってしんどい。

でも、それなのに。「一緒にゲーム遊びましょう!」と誘ってくれるってことは、すごいことではないか?
一時間とか二時間とか、短くない時間を僕と一緒に過ごす時間に割いてくれる。それはそれだけで、とても尊いことなのに、一緒に遊ぶのが楽しいとまで言ってくれる。

そうやって考えていくと「一緒にゲーム遊びましょう」は、「あなたと一緒に、楽しい時間を過ごしたいです」と同じ。もはや僕にとって、「愛してる」と遜色ない。嬉しい。うれしい。。

そんな愛の告白をされるもんだから、絶対に楽しんでもらおうと思う。相手のことを考えて、絶対に楽しい時間を過ごさせてやろうと意気込む。その気持ちはきっと相手にも伝わって、相手もその気持ちを受け取る準備をしてくれる。そうなったら、もうどうなろうが楽しいのだ。相手も、自分も楽しませることばっかり考えてるのだから。

自分だけでは思いつかない楽しいことが”そこ”では起こる。その瞬間は、僕と、その人だけの特別な空間だ。他の誰を連れてきても、同じにはならない。特別な、特別な時間なのだ。

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このブログを書いている人は、この男性の話をきいて、就活も告白だって考えたらしい。いや、告白なんてもんじゃないだろ。これからの人生の1年とか、3年とか、5年とかそれ以上の時間を一緒に過ごす事になってしまうやんか。怖い。

ゲームをする時間とは、重みがちがう。絶対ケンカもするし、一緒に泣いたり、ものすごい達成感を感じて抱き合ったりするんだろうと思う。その覚悟は尋常じゃない。僕だったらふられるかも知れないのに、告白する勇気は出ないと思う。「一緒に遊びませんか?」だって、やっと最近言えるようになってきたのに。

彼女はすごい。全力のラブレターと、全力の自己表現と。怖かっただろうに。
でもその危うさはいい。このときの彼女は、きっと世界の誰より美しかっただろうな。面接官が羨ましい。

てか、しっかり受け止める準備はお前にあるのか。軽くいなすような事したらタダじゃおかないからな・・

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なんとなく、日常をキレイに切り取る彼女の言葉をみて、この音楽をきいてほしくなった。

歌の殆どは日常。キラキラしてないいつもの姿。を歌い続ける。でも、それがあるから、輝く時にしっかり踏ん張れる。頑張れる。いや、頑張りたくなる。自分が一番キレイに見える”いろ”を知ってることは、強さになる。

いつもはやわらかく温かい彼女が、時には最高の引き立て役になり、自分が主役になっても物怖じしない。彼女はきっと自分の”いろ”を知っている。太陽のような、ひまわりのような、バナナみたいな・・笑

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ブログ書いてる場合じゃないので、そろそろ仕事しなきゃ。。頑張るぞい。。