「青が撮りたい」彼女はそう言いました。

「使えるときがあるかと思って」
彼女は車から身を乗り出して、カメラを空に向けながら話す。その言葉を聞いた瞬間から、私は彼女の世界のとりこになりました。

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私が人と話す時に最も気にしていることは”どんな言葉をはなすのか”。彼女の言葉はカメラを意識した言葉が多くて、聞いてて飽きませんでした。どんな話も自分の言葉で語っていて、しかもそこに自信が感じられたからでしょう。

「ファインダー越しに見える世界」なんて言葉を聞いた事があります。文字通りに私とは別世界を見ているように感じられて、彼女の話しを聞いているときは凄くワクワクしました。時間が許せば、もっともっと話が聞きたい。

どっちかと言えば、性格は苦手なタイプ。私にとって自信をもってハツラツと喋る姿は、劣等感が刺激されて苦しい思いをします。それはこっち側の問題だけれど、でもそれを変えようってつもりはないから、やっぱり苦手。

それでもこうやってわざわざブログに書いているのは、彼女からでてくる言葉がいちいちカッコよくて、完成されてて惚れ惚れして、他の人には無い空気をまとっていたから。自分もそういうふうになりたいと思う気持ちが、収まらなくなってしまったからです。つまり羨ましいんですよ。

ほとんどの人は、あんな風に表裏のない話し方はできません。私には無理。

全く別の角度から、最近聞いて感動したもう一つの言葉があります。

これを言った彼は世界を色眼鏡で見がちで、ちょっと癖のある話し方をします。ネガティブな言葉や、本能のまま(のように見える)言葉を使う彼の話し方は、苦手な人も多いかもしれません。

「その人のことを全部好きになることなんて無いから」

この言葉を聞いたとき、私は「ああ、この人とはずっと友だちでいよう」と思いました。

私は常に人の話す言葉(行動)の表裏を見ています。別にやましいことを見抜いてやろうって意味ではなく、本人も気づいて無いようなバックヤードを読み取るってことです。携帯をずっと触っていても、こいつは付き合いが悪いな…とは決めつけない。「死にたい」と言われても、「じゃあ死ねば?」とは返さない。前者は話しかけて欲しいサインかもしれないし、後者は辛さから逃げたいのが本心かもしれないから。

そんな見方をする私にとって、友人の先程の言葉は

「その人のことを全部”嫌い”になることなんて無いから」

と聞こえました。
無意識的でも全ての人の可能性も信じてる。本当に悪い人なんて居ないって、そう考えてる(もしくはそういう素質がある)人なんだなって。こんなに素敵な色眼鏡ないでしょ?
さっきの彼女とは正反対に、完成されてないけれど人間らしい、沢山の遠慮の上にある言葉を話す彼の言葉の方が、私にとっては馴染みやすかったです。

つい言いたくなって、その場ですぐに伝えたら、その人には「都合の良い見方するね」って言われてしまいました・・。「そのほうが都合が良いけど」って。彼らしい返答で安心します。

気になって最初の女性にカメラが好きな理由を聞いてみました。それは「ひとりになれるから」だそうです。やっぱりいい言葉使いますよね。
その人は性格が明るく活発なので、周りに人が寄って来るそうです。でもカメラを構えてるときは、みんな遠慮して近寄ってこないから1人になれる。何かに打ち込める時間が楽しいって、カメラはそれを与えてくれるから好きだって言ってました。
自分はこんな性格だから、いつも1人で居ます。じゃあ私がボードゲームを好きな理由は、周りに誰かと一緒に居られるからかもしれない。やっぱり反対の性質を持ってますね。

私が人の言葉に惚れるたびに不安になるのは「自分は自分の言葉を話せているか」。誰かと話すとき、テンポや言葉を相手に合わせて変えるようにしている私にとって、おそらくブログを書いているときだけが純度100%の自分の言葉。1人になれる時。それはちょっとでも人に聞いてもらえるような言葉になっているのか・・不安になります。

あれぐらい自分のやっていることに自信が持てるようになりたいなぁ・・そう思えた出会いでした。自分はどこに立って、どんな言葉を話すのか。将来の自分に宿題ですね。

ではまたー

空の画像

ファインダー越しに見る世界はこう見えているらしい

P.S. 勝手に壁紙に設定してます。ちょっとでも見えている世界が共有できたらいいな・・