責任のなすりつけ合いと、効率の関係




責任って実態が無いくせに、偉そうに世間様で幅を聞かせてますよね。ちょっとこいつを触ってみようと思います。

つい最近、職場でこんな愚痴を聞きました。
「あっちの部署の奴、電話口で指示出しやがって。ちゃんと文書を作って、明文化せんかい。もしミスがあったら誰が責任とんねん」って、相当怒った様子でした。

気が利かないって話なら分かるんですが、どうにも私には責任の所在を明確にすることで、自分が責任から逃れようとしている様子に見えました。責任ある大人の態度としては当然だって分かるんですが、どうにも私には効率悪く見えて仕方がありません。
責任の所在を明確にするために、文章化するのは賛成です。でも形式を重んじて文書化する必要あるんでしょうか。メールの文章でよくないですか?昔からある会社だからか、年配の方が多いからか、頭が堅い人が多い気がします。

今勤めている会社において、一番無駄を感じている事は、上下関係の徹底です。
何かわからない事があれば、上司の指示があるまで動いてはいけない。部下の失敗の責任は上司が取る。常に上司は部下のレベルを包括する知識と技能が求められているようです。どう考えてもそんなの無理なのに…

上下関係を徹底させる(ルールになっています)ことで、このような責任のなすりつけ合いが行われているように見えます。
上司:こいつが役立たずだから悪い。自分でやったほうが早いし、確実。
部下:上司がまともに教えてくれないから悪い。失敗しても自分は悪く無い。
お互いに自分の保守しか考えていません。こんなではいつになっても成長しませんよね。上司と部下の役割を分けようとするから、こういうことが起こるのでは無いでしょうか。

部下の失敗は上司の失態というルールにも私は違和感を感じます。「子どものやることですから」は親が言ってはいけないのと同じで、これをルールにしてしまってはダメでしょう。上司が内発的に「こいつを育てるから、何か失敗しても責任を取るつもりだ」と考えるのが正常です。それを強制されると、失敗させない事に意識が向くので、部下の悪いところばかりを指摘するようになるでしょう。全ての行動は指示してからさせるようになり、部下の主体性を殺します。いつになっても目が離せず、挙句自分で仕事をやってしまう様になったらもう…
部下は指示待ち人間で主体性が育たず、自分は慢性的に時間が足りなくなっていく。結果的に効率を犠牲にしている事になります。

私はこういう問題は仕組みで解決できるのではないかと思っています。誰かが責任を取るかではなく、会社としてどのように責任を取るのかを考えるような仕組みを作れば、みんながチャレンジできる様になって、結果的にリスク以上の結果が得られるのではないでしょうか。
念の為に言っておきますが、仕組み作りとルール作りは別物です。私は仕組み作り=ファシリテートだと思っています。

まあ実際に何か作ったわけじゃないので、そのへんは分かりませんが、やってみたいですね。組織の仕組み作り。人嫌いの私には難しいでしょうけどね。まあそのうち。

今日はこのへんで。
ではまた~

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